2010年09月27日

クレーン、退屈は素敵。

友部正人の新譜「クレーン」と、
新詩集「退屈は素敵」が届きました。

クレーンは、東京ローカル・ホンクという
バンドが参加していて、
全体にほんわかとした雰囲気です。
ちょうど手のひらに乗るほどのメロディと
あたたかな言葉にあふれています。

そして突然、「こんばんは〜 こちら東京〜」という歌詞が
スピーカーから流れてきてびっくり。
「追伸」という70年頃の古い歌もありました。

クレーン.jpg
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2010年09月24日

武田泰淳「富士」。

武田泰淳の「富士」を読んだ。
時代は戦時下、富士山麓にある精神病院を舞台にした話だ。
精神科医師の実習生として働く大島の視点から語られており、
多くの精神患者たちと話しているうちに、
本当に異常なのは、医師側なのか、
患者側なのかわからなくなるような展開になる。

たとえば、自分は「宮様」だと言う虚言症患者の一条実実は、
精神科の医者を養っているのは、患者なのだ、
患者がいなければ医師は成り立たない、みたいなことを言っている。
ほかにも、読んでいくうちになるほどと思うことが多く
固定観念を揺さぶられる一冊だった。

さらに時代ごと、あるいは国ごと、
正常と異常が逆転してしまうことがある。
戦時下という状況では、自分たちを異常だとは思えなくなる。
日本中が精神病になっていた、
そんなことも感じさせる内容だった。

そして、本題の話もそうだが、
最初と最後の章では、「神の餌」「神の指」という話がある。
「神の餌」では、神は餌を与えることで支配できるとし、
最後の「神の指」では、医師は神にはなれないが、
「神の指」となり、神の真似をしている。
神の代理人というわけだ。
クスリという「餌」をまいて、神様の真似をして
患者を支配している。

いまでいえば、抗鬱剤の売上が伸びるのと比例して
鬱で悩む患者の数が増加していることが、そうかもしれない。
鬱病患者が増えたから、クスリの売上が伸びたのか。
クスリの売上が伸びたから、鬱病患者が増えたのか。

昔も、精神衰弱とかで悩んでいた人はいたと思うが、
いまほど鬱で悩んでいた人はいなかったと思う。
ストレス社会ということもあるが、
病院側も心療内科といってハードルを下げて
患者がくればすぐクスリを処方する。
それほど重症でない人も、クスリ漬けにされてしまう。


ところで、あとから振り返って、
あの時は異常だったなと思うことがある。
その時は、視野が狭くなって、
目の前のことをやらなければと必死なのだが。。
とにかく、忙しかったりすると平静を保てず異常になる。
でもそれは、あとで振り返ったときにはじめて気がつく。

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2010年09月14日

弁当を待つ間に。

先日、Hotto Motto弁当で弁当を買おうとして行ったら、
子供連れの家族でにぎわっていた。
何事かと思ったら、どらえもんキャンペーンをやっているらしい。

で注文すると、30〜40分ほどかかりますが
いいでしょうかと言われた。
とくに急いでいることもなかったので
近くのコンビニで立ち読みでもして
時間をつぶせばいいかなと思い店を出た。

で、コンビニに行ってみると
あいにく誰も客がおらず、雑誌コーナーで
10分くらい立ち読みをしてみるも
なんだか店員の視線が気になり店を出た。

あ〜、まだ10分しかたってない。しょうがない、
腹も減ったし、近所のラーメン屋さんでラーメンでも食べるか、
とドアに手をかけて思い出した。
あっ、俺はいま弁当を待っているんだと。。。

ある部屋に入って、何の目的で来たのか
忘れてしまうようなことがよくあるが、
これから、こんなことが多くなるんだろうな。。

たたえる歌 / 三宅伸治 with friends
http://www.youtube.com/watch?v=-nwTZIqlwb4&feature=related

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2010年09月07日

プチロード。

昨日、吉祥寺に用事があり、
ついでにふらりとプチロードをのぞいてみた。
そしてSCRATCHというお店でランチを食べた。懐かしい〜!

80年代前半、このあたりには、よく飲みに来ていた。
西洋乞食とか、紅茶のしもん、
名曲喫茶のこんちぇると(だったか?)など
雰囲気のあるお店がいろいろあったが、
いまではチェーン店の居酒屋とか
寿司屋みたいなものがプチロードの一角を浸食していて
それらのお店は消えてしまい
あの頃の雰囲気は、あまり残っていない。
でもSCRATCH、ボニー&クライド、
まざあぐうすなどは健在だった。

ほかにも、ぐぁらん堂があった
中道商店街とか、よく行ったなぁ。
こんど、またじっくりいろいろなお店を訪ねてみよう。

ヨコプチ.jpgタテプチ.jpgマッチ.jpg
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2010年09月01日

H.D.ソロー「森の生活」。

H.D.ソローの「森の生活 ウォールデン 上・下」を読んだ。
帰省したときに、なにか一冊もっていこうと図書館から借りてきて
中央自動車道の八ヶ岳山麓の風景を見ながら
ページをめくっていたら、森の生活がうらやましくなった。

彼は米国マサチューセッツ州コンコードの
ウォールデン湖畔に家をたて、2年2ヶ月暮らした。
朝は沐浴をし、釣りをしたり、
ウッドチャックや、野うさぎなどとの出会いを楽しむ。
そして、簡素に生きる。
生活できるだけ稼ぐというスタイルで生活をした。
豊かな物にあふれている現代に、
果たして物があるだけで本当に幸せかと問いかけてくる。

格言的な文章も魅力的だ。
質素で貧しい生活のなかに、富がある。
いまもっているよりも少ないもので
満足できるようにつとめてみたらどうか。
年を取ると、獲得したものより失ったもののほうが多くなる。
・・・・など、鋭い指摘で、納得させられる。
1世紀以上も前に書かれたなんて思えないほど、
いまの時代にも警鐘を鳴らす本だった。
また森の生態系についても、詳しく調査されていて驚いた。


最後の「むすび」の章にはこんな記述がある。

「生活がいくらみじめであろうと、
そこから顔をそむけたりはせず、ありのままに生きることだ。
自分の生活を避けたり罵倒してはいけない。

・・・・貧しくても生活を愛したまえ。救貧院にはいっていようと、
楽しく胸のときめく、すばらしい時間はあるだろう。

・・・・賢人にならって、貧しさを庭園のハーブのように栽培しようではないか。
衣服であれ友人であれ、新しいものを手に入れようと、
あまりあくせくするべきではない。
古いものを裏返しにして使い、つねに古いものへと立ち返ろう。
世間はちっとも変わりはしない。変わるのはわれわれのほうだ。」

希望がわいてくる本だった。

水景色 星模様/ルルティア
http://www.youtube.com/watch?v=k0A7wkL2RZM&feature=related

posted by ボイシー日記 at 16:29| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする