2014年08月31日

木曽川の景勝地、寝覚の床。




またまた木曽に用事があって
伊那から権兵衛トンネルを
越えて行ってきました。

木曽駒高原へ行ってみると
早くもコスモスが咲いていて、
秋の気配を感じました。

上松(あげまつ)というところには
寝覚の床(ねざめのとこ)という、
国の名勝史跡天然記念物があります。
巨大な花崗岩が水の流れによって刻まれ
この数百mの間だけ異質な世界が広がる景勝地。
ここも、30年ぶりくらいに訪れました。

浦島太郎が旅をしていて、
ここで玉手箱をあけ
夢から目覚めたという、
浦島太郎伝説が残っています。
だから「寝覚の床」なんです。

浦島太郎の釣り竿というのもありました。
怪しいと思っても、いちおう地元の人は
信じんといかんに。。。

〈写真 木曽駒高原/コスモスが咲いていた/寝覚の床1 右下に人の姿。比較すると岩の巨大さがわかる/寝覚の床2/浦島太郎伝説/寝覚の床にある臨川寺の境内にあった言葉〉

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2014年08月30日

およりて。




飯田下伊那あたりの方言に
「およりて」というのがあります。

「寄っていってくんな」
という意味。

あ、まだ方言になっとる。。。

「寄っていってください」
という意味です。


なんだか、響きもいいし
「ゆまにて」みたいな語感で
フランス語の薫りもする。。。

地元の友だちとメールすると
「こんど家におよりてな」などとあって、
けっこうほんわかする。

というわけで、
方言紹介でした。
posted by ボイシー日記 at 14:33| Comment(0) | 独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月24日

1年A組、○山先生。




きのうは、中学時代の担任、○山先生が
飯田に来るというので、出かけてきました。
中央通りを下りていくとある「函館」というお店。
先生とは40年ぶりぐらいでしたが、見た目、
あまり変わっていませんでした。

中学は2組あって、1組35〜36人くらいだったか。。
先生は大学卒業したての新任ということで
オイラたちとは、歳の差は10歳程度。
当時は、大人と子供という感じでしたが、
今では、歳の差はまったく感じません。

県内各地の小中学校で教鞭を執り校長も務め、
今はもう退職されて塩尻のほうで畑づくり。

しかし、23歳ぐらいで、中学生を教えるなんて・・・。
オイラが23歳くらいのとき、そんなことが
できたかというと、まったくムリです。

3時間ぐらいでしたがあっという間で、
まだまだ話し足りないという感じでした。

先生はじめ同窓生の顔写真、
無許可で掲載してますが・・
いいらいいら、と思いました。

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          * * *


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2014年08月19日

北八ヶ岳、白樺湖、霧ヶ峰、諏訪の旅。




8月17、18日は、まえに天龍村の
遊歩道コースを歩いた同窓生メンバー3人で
北八ヶ岳から白樺湖、諏訪周辺の旅へ行ってきました。

はじめ、小淵沢の駅で待ち合わせをして
サントリーの白州蒸留所を見学する予定でしたが
3時間待ちということで、キャンセル。

国道20号をUターンして、原村を抜けて、北八ヶ岳へ。
ロープウェイで山頂まで登ると、あたり一面が霧!
遠くの山まで見渡すことはできませんでしたが
白く神秘的な雰囲気で、
それはそれで、またいい感じでした。

山頂付近には「坪庭」と呼ばれる
日本人好みの箱庭というか枯山水の世界が広がり、
大きな盆栽の中にいるようでした。
そこをしばらく歩いたあと白樺湖へ。

早めに白樺湖ビューホテルに着き、ひと休みした後、
食べ放題、飲み放題のバイキングへ。
税別7800円というバイキング夕食プランに誘われて
みんな来ているのか、
レストランがオープンする前から
扉の前に行列ができていました。
食べ物は、そこそこおいしかったです。


2日目は、二人は諏訪のゴルフ場へ。
オイラは、そんなリッチな生活をしていないので
二人を車で送ったあと、
諏訪から霧ヶ峰あたりをドライブしてました。

諏訪に来たら諏訪大社、ということで上社本宮へ。
ここは、全国の諏訪神社の総本社。
鳥居をくぐるとすぐ一の御柱が立っています。
ぐるりと一周してそこそこにお参りをし、
上諏訪の美しい高島城へ。

ここは1592年築城。
ということは、武田信玄が没したのは1573年、
武田勝頼が没したのは1582年だから
その10年後ということになる。
どうも、このあたり歴史がわかりにくい。。

武田信玄によって切腹となった
諏訪頼重は、諏訪氏の宗家。
ここで諏訪氏の宗家は滅亡したけど、
その従兄弟の諏訪頼忠が
諏訪神社の神官として生き残り、
武田家滅亡のあとに、諏訪氏を再興。

その後、諏訪頼忠は、信濃に攻め入ってきた
徳川家康と和睦して家康の家臣となる。
頼忠は、徳川が関東に移封されると
一緒に諏訪から武蔵へ移封され、そのあとは、
信長、秀吉に仕えていた日根野高吉が
諏訪高島藩に入り高島城を築城。
しかし、日根野家も下野へ移封され、
諏訪頼忠の子・諏訪頼水が諏訪高島藩に復帰。
諏訪一族が諏訪高島藩を再び治めたことになる。
(ウィキペディア参考^^)


霧ヶ峰へ向けて山道を登っていく。
1時間ほどで着きリフトに乗って見晴らしのいい場所に。
きりがみねぇ〜♪という、耳慣れた歌が聞こえてきそう。
前日よりは雲が少なく、八ヶ岳のなだらかな山麓や、
中央アルプスも望めました。
頭上では、グライダーが気持ち良さそうに
滑空していました。

霧ヶ峰の風景を堪能して八島ケ原湿原へ行くと
駐車場が満車であえなく断念。
和田峠へ出て諏訪に戻ってきました。
諏訪のデニーズでランチを食べ、
その後、前から見たいと思っていた
片倉財閥の片倉館へいったら、
どうも見学予約が必要みたいでここも断念。。

そしてゴルフ場の二人を迎えに行き、
夕方、またまた預けていた猫を迎えに
動物病院に寄り帰ってきました。

北八ヶ岳も、白樺湖も、霧ヶ峰も、
どれも、すばらしく、何度も行ってみたいと思いました。
そして、帰ってから録画しておいた
テレビ信州のゆうがたGet!を見たら、
ちょうどビーナスラインの特集をしていて、
霧ヶ峰の絶景が望めるカフェなども紹介されており
またまた、あの草原と空を見たくなりました。


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遊歩道が整備されている北八ヶ岳坪庭

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北八ヶ岳山頂駅の前。巨大なキツツキが・・・

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霧が広がりつつある白樺湖

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部屋からは湖が望めた白樺湖ビューホテル

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諏訪大社上社本宮

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諏訪大社上社の神紋、三本梶の葉に4本の根。下社は5本になる

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“諏訪の浮城”と呼ばれた高島城

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霧ヶ峰から車山方面。気持ちいい!

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青い空、白い雲、緑の草原の、霧ヶ峰

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霧ヶ峰から八ヶ岳山麓、茅野方面。
滑走路をグライダーが軽トラックに引かれていく

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空に憧れて〜♪と飛び立ったグライダー

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片倉館の千人風呂。重要文化財の風呂にみんなが入りにくる

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スワンボート、鴨が遊ぶ諏訪湖
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2014年08月09日

猫は紙の音を聞くとスイッチが入る。




猫は、今朝も元気に
新聞をくしゃくしゃにしています。
とくに新聞の下で
手をごそごそ動かすと異常反応し
見たことのない早さで手を出したりして
手がつけられないほどになります。
からだを臥せて、イカみたいになったります。

最近は、もう猫の行動がわかったので
古新聞をまず広げて、
くしゃくしゃにしたのを十分楽しんでもらい
猫が疲れた頃を見計らって、
本日の新聞を広げています♪

前飼っていた猫は、紙を丸めたときの
クシャクシャという音に異常反応したけど
基本、紙に攻撃的になる動物なんだなぁ。

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posted by ボイシー日記 at 08:43| Comment(0) | ねこ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月05日

ノスタルジックな軽井澤に。




ちと写真を調整して、
懐かしい雰囲気にしてみました。
めざしたのは大正時代の軽井澤です♪

〈写真 釜の沢あたり/堀辰雄1412山荘/
ヴォーリズ設計の仏文学者朝吹登水子山荘/
カフェ一房の葡萄/堀辰雄住居/カミキリムシ〉

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2014年08月04日

軽井沢、追分、小諸、上田の旅。





8月1日から3日まで、軽井沢、信濃追分、
小諸、上田へ行ってきました。
メインは軽井沢と信濃追分で、
信濃追分にある堀辰雄文学記念館では
堀辰雄生誕110年を記念して開かれた緑陰講座を聞き、
軽井沢の大賀ホールでは、オペラ歌手の
幸田浩子&菅野祥子の「ウィーンからの風」
デュオコンサートを鑑賞してきました。

 * * *

8月1日は、まず家の猫を鼎にある動物病院に預けてから、
9時半ぐらいに中央自動車道に入り、
諏訪ICで下りて、茅野、佐久経由で小諸へ。

諏訪から茅野市街に入ってメルヘン街道を登りはじめると、
八ヶ岳の峰々が近くに見えてきました。
さわやかな風と青空、美しい緑がすばらしい!
最高地点である麦草峠にあるヒュッテでカレーを食べ、
しばらく走ると日本一の白樺群生地という場所があり、
車から降りて、しばらくそこを歩いてみました。
白樺好きにはたまらないエリアです。

峠を下って行くと、佐久穂町に入り、
国道141号に出たところを左折し、千曲川沿いに佐久市へ。
このあたりは初めて来たけど、
佐久平というだけあって広々としていました。

小諸では、小諸城跡懐古園、園内にある藤村記念館、
古い町並みの面影を再現している本町通りを散策。
懐古園のシンボルは、三の門らしいです。
たしかに、パンフレットでも必ずこの写真がでてきます。
懐古園の展望台からは千曲川が一望できました。

宿泊は2日とも小諸のビジネスホテル。
軽井沢では1人宿泊というのはなかなかなくて、
小諸は車で30分くらいの距離なので
まったく不便はありませんでした。

〈写真 メルヘン街道/標高2127mの麦草峠/日本一の白樺群生地/小諸駅前/小諸懐古園三の門/懐古園の展望台から千曲川の眺め/懐古園の城垣跡〉

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 * * *

8月2日は、小諸から浅間サンラインという、国道18号よりも
標高の高いところを通っている道路で追分へ。
そしてまた、この道からの眺めが、すばらしい!
浅間山のなだらかなスローブが左側に広がり、
右手には蓼科山麓が遠くに望め、
その間に、小諸、御代田町、佐久の町が広がっています。
浅間山麓には、とうもろこし、高原野菜の畑などがあり
こんなところで暮らす人たちは、
この風景を毎日眺められるだけでも
贅沢だなぁと、うらやましくなりました。

追分に着いて、堀辰雄文学記念館へ。
10時から堀辰雄の養女である菊地和世さんが、
いろいろな思い出話を話されました。

文学記念館に保存されている
住居の玄関からは浅間山、
縁側からは月見草が見えたこと、
父は朝食にバナナとオートミールを食べていたこと、
父の身体のコンディションがいいときは
小さな文机で3人で食事をしたこと、
初めて合う人には、相手の顔を見ずに
奥さんの多恵の顔を見ながら
挨拶をしたほど人見知りだったことなど・・・。
まだまだいろいろな話をされました。

午後は、軽井沢タリアセンに行き、
軽井沢高原文庫に移築されている
堀辰雄の1412番山荘などへ。
1412番山荘は釜の沢とよばれる区域にあって
昭和16年から19年までここで暮らしていました。
木の皮葺きの屋根や壁、ちょうどいい程のテラスがあり
ふたりの幸せな日々が見えるようでした。

また、今年は立原道造生誕100年ということで、
1412番山荘のなかに彼の資料も展示されていたり、
交流のあった深沢紅子の野の花美術館でも、
彼のノオトに書かれた自筆の詩が展示されていました。

帰る前に疲れたので、
有島武郎が女性編集者と心中したという
別荘「浄月庵」をカフェにした「一房の葡萄」で
ノンアルコールビールを。
たしか、心中してから発見されるまで1ヶ月くらいかかり、
天井まで蛆虫が這っていたとか。。
なんだか、そんな別荘をカフェにしたってのも。。

〈写真 中山道と北国街道の分去れ/堀辰雄文学記念館/堀辰雄住居跡/芝生とベンチがおしゃれ/まるで「スープと雲」の雲のよう/堀辰雄の自筆詩/軽井沢タリアセン/堀辰雄1412番山荘/いまの釜の沢あたり/乙女チックな文字の立原道造の自筆詩〉

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 * * *

8月3日、午前中は上田へ。
家を出るまでは上田へ行こうとは考えていなかったけど
小諸から車で30分ほどなので、
この際マーキングしておこうと思い立ちました。
上田城周辺は、2016年のNHK大河ドラマが
「真田丸」となったことで、
あちこちに旗みたいなのが立っていました。

上田城は、二度にわたって徳川勢を撃退した城。
険しい山城ではないけれど、
土塁・城壁が高いことと、すぐ下を千曲川が流れていたので
なかなか攻め落とすことができない構造になっています。
シンボルは東虎口櫓門と、その両側に建つ南櫓と北櫓。

城内には真田神社が建てられ、
不落ということで受験生に人気みたいです。
オイラは、軽やかな水琴窟の音色を奏でる
真田鈴を買いました。

午後は、軽井沢大賀ホールで
幸田浩子&菅野祥子の「ウィーンからの風」コンサート。
14時開演。客席には、いかにも軽井沢夫人、
あるいは近くの別荘に避暑に来ている
上品なセレブたちばかり。。。
やはりいまも、洗練された軽井沢文化が息づいています。

そしてコンサートですが、ふたりともすばらしい声で、
身体のなかにヴァイオリンが入っているのかと思うほど
豊かな声で、いつまでもホールに響き渡っていました。

それに、たぶん会場の音響もいい。
さすがソニーの社長。

帰りは、上信越自動車道更埴JCT経由で、長野自動車道、
中央自動車道に入り、飯田に着いたらどしゃぶりでした。

南信に帰ってきたけど、
東信、中信、北信はほとんどいったことがなく、
行ったとしても、幼い頃で全然記憶がない。。。
これからもいろいろ訪れてみたいと思いました。

〈写真 上田城東虎口櫓門/巨大な赤備え兜/セピア色した昭和時代の上田城/「ウィーンからの風」コンサート〉

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posted by ボイシー日記 at 20:35| Comment(0) | 山・高原・渓谷 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする