2016年12月30日

2016年読本・備忘録。

そろそろ2016年も終わり。
で忘れないように、今年読んだ本のリスト。
今年は、なんだか落ち着かなくて
春ぐらいまでしか本を読めませんでした。。

去年から、1900年代前半のアメリカを舞台にした
小説や映画を集中して読んだり見たりしています。
映画はうろ覚えだったけど
「エデンの東」を読みました。
でも、いまは、なんだか最後が
はっきり思い出せません。。
小説ではないけど「ボニー&クライド」、
改めて見て面白かった。
やはりアメリカは1930年代あたりが面白い。
世界恐慌、禁酒法、カポネ・・・。

ピンチョンの「ヴァインランド」も面白かった。
でも、あんたの妄想、元気だなぁ。という
言葉しか覚えていません。。

国内は、小説ではないけど、
姜尚中先生が駒ヶ根で
加島祥造を偲ぶ講演会を開くというので
「タオ」をおさらいしたぐらい。

川端康成の“千代物”をまとめた
「川端康成初恋小説集(新潮文庫)」というのも
買って鞄に入れて持ち歩いているけど
まだ読み切れてません。。
ということで、今年はあまり読書は進みませんでした。

【国内小説・随筆 etc】
タオ(加島祥造) いきものがたり(水野良樹) 

【海外】
カラマーゾフの兄弟〈1〜5〉(ドストエフスキー/亀山郁夫訳)[光文社古典新訳新書] エデンの東〈上・下〉(ジョン・スタインベック/土屋政雄訳) 夏への扉(ロバート・A・ハインライン/小尾美芙佐訳) ヴァインランド(トマス・ピンチョン) ヘンリー・ソロー野生の学舎(今福龍太)
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2016年03月17日

積ん読状態だった、カラマーゾフ。

本棚に3年ほど積ん読状態になっていた
「カラマーゾフの兄弟1〜5(亀山郁夫訳)」
[光文社古典新訳文庫]を
今年になって一気に読み終えました^ ^

ロシア文学は、まず登場人物の名前が長く、
さらに途中で苗字になったり、
愛称になったりとやたら面倒で、
しかも翻訳の仕方にもよるのか
読みづらいものが多いなかで、
このカラマーゾフはとてもわかりやすかったです。
心に響く文章、言葉もたくさんありました。

読み終えて、読書ガイドを読んでいたら
これでもまだ未完成。
残りがあると書いてありました。

たしかに、「父殺し」という重いテーマに
なぜ子供たちとの出会いがあるのか・・と
不思議な感じで読んでいましたが、
主人公のアリョーシャが年を重ねて
13年後に皇帝殺しを考えていたとか。
そのとき、この子供たちが
いわば“兄弟”になるはずだった
ようなことが書いてあり、ふむふむと納得。
ムリだけど続編を読んでみたいと思いました。
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2015年12月28日

2015年読本・備忘録。

そろそろ2015年も終わり。
で忘れないように、今年読んだ本のリスト。
今年は主に海外の長編小説に挑戦しました。

「ロビンソン・クルーソー」は、
中庸な生活こそ最も大事だと諭す父親に逆らい
平凡で退屈な暮らしを捨てて冒険に出かけ、
ブラジルで農場経営に成功して財を成したりするが、
それも自ら手放してさらに船出して無人島に漂着する。

安穏な生活ができたにもかかわらず
チャレンジングな生き方をめざした結果の話。
さらに、無人島から無事帰還してめでたし・・かと思いきや
その後はアジア、中国へ向かい、ロシアを越えて帰国した。

しかし、どこか帝国の植民地支配を肯定するような
キリスト教徒こそ地球上でNo.1みたいな思想が透けて見えた。

ウディー・ガスリーやブルース・スプリングスティーンなどに
影響を与えた「怒りの葡萄」も面白かった。
「白鯨」を読んで、スターバックス・コーヒーの名前は、
ここからとられたんだと知りました。

国内では堀辰雄へのオマージュである
福永武彦の「風土」が素晴らしかった。
来年から始まる「真田丸」に備えて
真田物も読んでおさらいをしておきました^ ^


【国内小説】
花のワルツ/夕映少女/高原(川端康成) 風立ちぬ(堀辰雄) 孤高の人〈上・下〉(新田次郎) バス停に立ち宇宙船を待つ(友部正人) スティル・ライフ(池澤直樹) アーユーフリー?/老子と暮らす(加島祥三) 秘密のおこない(蜂飼耳) 読まずにいられぬ名短編/名短編、さらにあり(北村薫・宮部みゆき編) 羊をめぐる冒険〈上・下〉(村上春樹) 虫めづる姫君・堤中納言物語(作者不詳・蜂飼耳) 真田三代〈上・下〉(火坂雅志) 土を喰ふ日々/一日暮し(水上勉) 風土/塔/鬼/世界の終り(福永武彦)

【海外】
ロリータ/賜物(ナボコフ) 青い麦(コレット)[光文社古典新訳新書] ドルジェル伯の舞踏会/肉体の悪魔(レイモン・ラディゲ) 光の子供(エリック・フォトリノ) 海に住む少女/ひとさらい(シュペルヴィエル)[光文社古典新訳新書] 罪と罰〈上・中・下〉(ドストエフスキー/江川卓訳) コレラの時代の愛(ガルシア・マルケス) 荒野へ(ジョン・クラカワー) 白鯨〈上・中・下〉(ハーマン・メルヴィル) ロビンソン・クルーソー〈上・下〉(ダニエル・デフォー)[岩波文庫] グレート・ギャッツビー(F・スコット・フィッツジェラルド/小川高義訳)[光文社古典新訳新書] 怒りの葡萄〈上・下〉(ジョン・スタインベック) ピアニストを撃て(デイビッド・グーディス)
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2014年12月27日

2014年読本・備忘録。



そろそろ2014年も終わり。
で忘れないように、今年読んだ本のリスト。
今年は下京して(上京の逆です)
身の回りがいろいろと慌ただしく、
読書量は少なくなってしまいました。

(車を買って出回る日が増えたというのもある^ ^
あとは、村の図書館に読みたい本がないというのもある)
ので、家の本棚にある本を再読したりしていました。

印象に残ったのは、軽井沢の上流社会を描いた
朝吹登水子(仏翻訳家)の「私の軽井沢物語」という本。
戦前・戦中時代の本当のセレブ、華族の生活ぶりがわかる!
軽井沢を舞台に周りの華族、財閥の人たち、
または徳川家令嬢、はては皇族と、
テニス、ゴルフ、パーティなどを楽しんだ日々が
さらりと書かれていて、
羨望というより、いつのまにか妬みさえ感じていました^ ^

また、同じ昭和初期、堀辰雄や立原道造も、
軽井沢の別荘やあぶら屋などで執筆活動をしていたのに
まったく上流社会とは縁がなく、
闘病生活にあけくれていたというのも
どこか悲しく感じられました。

■小説・随筆
【立原道造】
立原道造全集〈第一巻-葦草に寄す・暁と夕の詩・田舎歌・優しき歌1,2・拾遺詩編・後期草稿詩編-/第二巻-さふらん・日曜日・散歩詩集・前期草稿詩編-/第六巻:角川書店〉 詩集/僕はひとりで夜がひろがる〈PARCO出版〉

【堀辰雄】
かげろふの日記/ルウベンスの戯画/楡の家/菜穂子/鳥料理/狐の手套

【その他】
真田太平記〈10・11・12〉(池波正太郎) 河童/白(芥川龍之介) 跳躍台/試みの岸/黒馬に新しい日を/静南村(小川国夫) 暗夜行路(志賀直哉) 八月の午後と三つの短編/乾いた土地/聖クララ村/美しい村(立原正秋) 月山(森敦) 続・明暗(水村美苗) うけとり/軽石(木山捷平) 蓼食う虫/痴人の愛(谷崎潤一郎) 銀の匙(中勘助) 雪国(川端康成) 蔵の中(宇野浩二) 小説智恵子抄(佐藤春夫) つげ義春を旅する(高野慎三) 潮風(里見ク) 越前竹人形(水上勉) 千曲川のスケッチ/ある女の生涯(島崎藤村) 草枕(夏目漱石) 眼の壁(松本清張) 私の軽井沢物語(朝吹登水子) 日本の名随筆3「珈琲」清水哲男編 日本の名随筆43「雨」中村汀女編  

【外国作品】
失われた時を求めて3〜第二篇「花咲く乙女たちのかげに1」〜[光文社古典新訳文庫](プルースト)
消え去ったアルベルチーヌ[光文社古典新訳文庫](プルースト)

■評論・評伝 その他
追想芥川龍之介(芥川文) イロリ端の食文化(今村龍夫) 
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2014年10月05日

立原道造&堀辰雄全集。






御嶽山噴火災害が収束せず、
どうにも辛い日々です。

ところで先日、
ふらりと飯田の平安堂へ行き、
あまり読みたい本がないなぁと
思いつつ出ようとしたら
古書コーナーが目に止まり、
ちらりと覗いてみたら
立原道造全集・全6巻(角川書店)、
堀辰雄全集の5巻(新潮社)
(こちらは全7巻あるうち2巻が欠落)があり、
しばらく立ち止まって迷っていましたが
意を決して買ってしまいました。

立原道造は1万円、
堀辰雄は1冊600円×5冊で3,000円。
ふらりと来た感じなので
あまり手持ちもなく、
財布が、すっからかんに。。
ブルーカードとやらも買って、
残り21円に。。。

今までの詩集では読んだ事のない未刊詩集や
雑文、評論などがあり、たいへん刺激的でした。
堀辰雄の詩に呼応したとみられる
詩もかなりあり、面白かったです。

立原道造全集.jpg
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2014年06月17日

遠い日を憶う、木山捷平「うけとり」。

久々に胸がきゅんとなる短編を読んだ。
それは小学生の恋情を題材にした
木山捷平の「うけとり」という短編。

 * * *

貧しい家の小学生たちは、学校が終わってから
家の手伝いをしなければやっていけない。
草刈り、桑摘み、縄綯いなど、
季節などによっていろんな仕事を
子供たちに引き受けさせる。
それが「うけとり」といわれている。

岩助の家は貧しく、母から松葉を籠いっぱいに
集めることを言い渡され、
学校から帰ると山の中へ入って松葉集めをする。
ある日、岩助はいつもの山ではなく、
別の山椒谷という場所へ松葉を集めに行くことを思いつく。

松葉集めをしていると雨が降ってくる。
木陰で雨宿りをしていると、
谷の上から密かに思いを寄せている
一学年下の女生徒セイが下りてくる。
セイもまた松葉集めをしていたところだった。

セイとは、学校でキャッチボールを
しているときにボールが逸れて、
セイの体にあたってしまったことがあった。
その事件以来、学校で出会うと
彼女は恥ずかしそうに肩をすぼめたり、
小走りに駆け出したりした。
岩助は、そんな仕草を見るのが、無上の喜びになっていく。

そして、山椒谷での偶然の出会いのあと、
二人は、また一緒に松葉集めをしようと約束する。
岩助は俄然、松葉を集めることにやる気を出す。
そして二人は山で会って、
グミの実を噛んだり、空豆を食べたりして
あたりが暗くなるまで時のたつのも忘れて過ごした。

そんなことがあって二週間ぐらいしたら
二人の噂が学校に広まってしまった。
誰にも見られてはいないはずなのに。。
そしてセイは山椒谷へ来なくなったばかりか、
学校で会ってもわざと彼から瞳を避けたりした。

そんなもやもやした日が続いたある日、
偶然通りかかったお寺の白壁に
二人に関する落書きが書かれており、
セイがその落書きを消しているところだった。
岩助はセイに代わって落書きを消したが、
そんなことがあってしばらくして、学校の先生から、
お寺の落書きは岩助がしたのではと詰問される。

先生はどんな落書きが書かれていたかを知らないので
それを消していた岩助が犯人だと決めつける。
放課後のことだったから、岩助は早く帰りたいばかりに
自分がやったと言ってしまうが、
激しい憤りがわいてきて、
夢中になって帰り道を歩いていると
寺の白壁のところまで来ていた。

そして岩助は何か書きたい衝動を覚え、
自分を犯人と決めつけた先生と
赴任してきたばかりの若い女教師が
唱歌室のオルガンの影で
ひそひそ話をしていたのを思い出し、
そのことについて落書きをすると一目散に駆け出した。

 * * *

小学生の小さな胸に起こるさまざまなことが
切なく、またどこか懐かしい。

好きな子がいても、なかなか言えなかったり、
二人が仲良くしていると、冷やかされたり。。
みんな、そんなことをして
大人になっていくんだなぁと、感じた。
そして先生への落書きも、やはりわかるよなぁ。
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2014年05月09日

「ボイシー日記」が遂に本に(笑)!

ブログも溜まれば、本になる。

つらつら書き連ねてきた
「ボイシー日記」の
2007年から2008年までの分を、
小さな冊子にしました♪

書籍化サービスいうのがあり、
面白そうだと思ってのぞいてみたら
意外に簡単にできそうだったので作ってみました。
B6/150Pほど、モノクロ。
カラーにしたり、装丁に凝るほど、
料金も高くなるシステム。

いま読んでみて恥ずかしい表現は ^ ^
ちよっと手を加えたり、
タイトルを再考したりして
けっこう時間がかかりましたが、
オリジナルな一冊が出来上がりました。

ボイシー書籍1.jpg

ボイシー書籍2.jpg
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2013年12月29日

2013年読本・備忘録。

そろそろ2013年も終わり。
で忘れないように、今年読んだ本のリスト。
今年は、とくに集中して読んだ人はいなかったが
後半になり、武田信玄や真田太平記などの歴史小説に。
だんだん歴史小説に傾倒して、
おじさん化がますます進行しております。。

■小説・随筆
【川端康成】母の初恋/女の夢/ほくろの手紙/夜のさいころ/燕の童女/夫唱婦和/子供一人/ゆくひと/年の暮/日雀/朝雲/寒風/父の名/冬の曲/女の手/再会/生命の樹/夢/反橋/しぐれ/生きている方に/住吉/雨の日/地獄/北の海から/首輪/たまゆら/あやめの歌/三人目/さとがへり/お正月/[川端康成全集 第七巻:新潮社] 再婚者/岩に菊/冬の半日/白雪/見ない人/自然/明月/富士の初雪/無言/あちらこちらで/水月/小春日/横町/故郷/夢がつくった小説/雨だれ/あの國この國/並木/夫のしない/二人/匂ふ娘/人間のなか/片腕/髪は長く/竹の声桃の花/隅田川[川端康成全集 第八巻:新潮社] 眠れる美女/古都

【その他】或る「小倉日記」伝/点と線/影の車/神々の乱心〈上・下〉(松本清張) 三四郎/行人(夏目漱石) 細雪〈上・中・下〉/刺青/秘密/母を恋うる記/友田と松永の話/吉野葛(谷崎潤一郎) 花/銀心中/明石大門/千本松原/酒場ルルチモで/富士を見に/ぎんの一生/眉月温泉/黄山瀬(田宮虎彦) 日本語について/灰色のコカコーラ/鳩どもの家/重力の都(中上健次) へんろう宿/仕事部屋[講談社文芸文庫](井伏鱒二) 俺たちが十九の時(小川国夫) 夜明けの家[講談社文芸文庫](古井由吉) 冬の本(夏葉社) 狂人日記/遠景・雀・復活-色川武大短編集-[講談社文芸文庫](色川武大) 遊行の門(五木寛之) どんぐり(寺田寅彦) ふるさと(島崎藤村) 朝はだんだん見えてくる(岩瀬成子) 不器用な天使/水族館/鼠/窓/死の素描(堀辰雄) 義経(宮尾登美子) 秀吉の枷〈上・下〉(加藤廣) 風林火山(井上靖) 赤ひげ診療譚(山本周五郎) 武田信玄〈風・林・火・山の巻〉/武田勝頼〈陽・水・空の巻〉(新田次郎) 真田太平記〈1・2・3・4・5・6・7・8・9〉(池波正太郎) 一路〈上・下〉(浅田次郎)

【外国作品】死刑台のエレベーター(ノエル・カレフ) レイチェル(ダフネ・デュ・モーリア) 夜間飛行/南方郵便機/人間の土地/戦う操縦士(サン=テグジュペリ)  ボヴァリー夫人(フローベール) テレーズ・デスケルウ(F.モーリアック) クヌルプ/知と愛(ヘルマン・ヘッセ) アッシャー家の崩壊/ウィリアム・ウィルソン(エドガー・アラン・ポー) ねじの回転(ヘンリー・ジェイムズ) 消しゴム[光文社古典新訳文庫](アラン・ロブ=グリエ)

■評論・評伝 その他
昭和天皇の妹君(河原敏明) 甘粕正彦-乱心の曠野(佐野眞一) 崩御と即位(保坂正康) 東洋的な見方(鈴木大拙) 信濃追分文学譜(近藤富枝) 武田信玄/甲陽軍艦入門(小和田哲男) 武田軍記(小林計一郎) 手仕事の日本/雑器の美(柳宗悦) 

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2013年10月17日

武田家滅亡の「武田勝頼」。

新田次郎「武田信玄」の後に
続編である「武田勝頼」を読んだ。
元亀4年(1573)武田信玄が西上途中で病死したあと
勝頼が武田家の家督を継いだわけだが、
周囲には信玄時代の古参謀や老将がいて
実質、権力を握っていなかったといえる。
勝頼がまだ未熟で、当主にふさわしくないと
周りから思われていた。
しかも勝頼は、信玄から聊爾者(おっちょこちょい)
と呼ばれ、まだまだ子供扱いされていた。

いろんな資料や本を読むと、勝頼は武将としての
能力が足りなかったように書かれているが、
新田次郎は、随所に、勝頼が当主でありながら
古参謀たちにはっきりと自分の意見を言えずに、
戦においても彼らの意見に押し切られて
歯がゆい思いをしているといった書き方をしている。
わりとシンパシーを感じていたようだ。

勝頼は、天正2年(1574)になると
織田軍の美濃の明知城を攻め落とし、
さらに遠州(掛川)の高天神城も陥落させた。
信玄が落とせなかった高天神城を落城させるなど
27〜28歳で、けっこう頑張っている。
しかし高天神城、名前からしてかっこいい。
一度行ってみたいものだ。

高天神城はその当時、
徳川軍下の小笠原長忠が守っていた。
この人は信州の小笠原家の分流で
先祖は武田家と同じらしい。
高天神城が攻められた際も、
家康は援軍を出したかったが
単独では強い武田軍と戦うことは無理だとして
信長の支援を待っていた。
しかし信長も本願寺や長島の一向一揆などに
気をとられていて積極的に支援を出さなかった。
その後高天神城は、武田勢の岡部真幸が守る。

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一方、三河の長篠城は、信玄の死後、
徳川家康に奪われていた。
長篠城は元々、三河北部の武士である
山家三方衆の菅沼一族の城だったが、
今川、徳川に支配された後、
武田軍の秋山信友が三河に攻め込むと、
当時の城主・菅沼正貞は武田軍に屈した。
信玄没後は、家康が近くの作手城の
奥平貞能、貞昌親子を味方に引き入れるなどして
不安定になった長篠城を再度手に入れた。

長篠城は、天正3年(1575)に武田勝頼が
攻め込むときは奥平貞昌が守っていた。
勝頼に囲まれながらも、長篠城から
信長のいる岡崎城へ援軍を求めに出た
鳥居強右衛門などの活躍もあり、
やがて3万8000の織田・徳川連合軍が到着。
設楽原で1万5000の武田軍との戦いが始まったが、
織田・徳川連合軍の圧倒的な勝利に終わった。
主な敗因としては、信長の巧みな謀略と、
武田家家臣の穴山信君が勝頼の指揮に
従わなかったこと等があげられている。

小説では、このとき織田軍下の佐久間信盛が
織田側に謀反するという書状を武田側に送り、
武田側がすっかりそれを信じて攻めたが
佐久間信盛は寝返らず苦戦を続け、
火縄銃の三段撃ち戦法や馬防柵に阻まれた。
織田軍の足軽たちは、その柵から出たり入ったりして戦い、
織田・徳川連合軍に大した戦死者は出なかったが
武田の名将は数多く死んで武田軍の決定的敗北となった。

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こうなると形勢は徐々に武田軍に不利になり、
飯田城主であった秋山信友が守っていた
美濃の岩村城も攻め落とされ
大島、座光寺氏らと共に長良川で磔にされた。

岡部真幸が城将であった遠州の高天神城も、
天正8年家康に囲まれ、ついに落城。
このとき、副将クラスの横田尹松(ただまつ)、
相木市兵衛らが脱出して甲府へ逃げ戻った。
小説では「横田尹松と鷺坂甚太夫の二人だけが
ようやく敵中を突破して青崩峠を越え信濃の伊奈に入り、
平岡で相木市兵衛と安西平左衛門等に会った。
ここが集合場所であった。」とある。

ん?平岡?そうだったのか?
創作なのか真実なのかは不明だが
まあ地理的には合っている。

高天神城が落城すると、
さらに武田家滅亡のスピードは加速する。
この切羽詰まったときに勝頼は
韮崎に信長軍を迎え撃つ新府城を築こうとしていた。
古府中には躑躅ケ崎の館しかなかったからだ。
しかし、その新府城に木曽の材木を用いようと
木曽義昌に伐採を命じたが、
負担が重すぎるということで反感を買い
やがて義昌は信長側に寝返ることになった。

そして信長は、勝頼の力が衰えたとみるや
長男・信忠を伊那谷と木曽谷の
二手から信州へ進軍させる。
うちの田舎の近所にある下条村は
下条氏ゆかりの地であるが、
その下条氏は家臣に城を追い出される。
飯田・松尾城の小笠原信嶺氏も織田側に内応していた。
飯田城の保科正直は城を捨てて逃亡。
信玄の弟である信綱が守る大島城も自滅するなど
織田軍はすんなりと伊那谷を進軍することができた。
それにしても、下伊那衆は、勝頼時代になると
すっかり心は武田から離れていたのだな。
武田勝頼の時代になると、信玄の頃に比べて
農民たちへの取り立ても厳しく、
信濃衆の民心はすっかり離れていた。

伊那谷最後の城ともいえる高遠城は
勝頼の異母弟である仁科盛信が城主であり、
激しく抵抗したがここもあえなく落城。
やがて武田家最大の家臣であり
強い血縁関係にあった穴山信君も
徳川方に寝返ることとなり、
人心になだれ現象が起きた。
伊那谷から織田軍が、そして穴山信君が守っていた
駿府側からも徳川軍が攻めてきて、
甲府の町から人は逃げていった。

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最後は新府城に火を放ち、
夫人と長男、一部の家臣だけで
笹子峠の奥の天目山へ逃げ込み自刃した。
このとき最後まで勝頼をフォローし、
アドバイスをしたのが真田昌幸だった。
甲府を離れるときも、自分の領内である
吾妻の岩櫃城へ来るようにと誘った。
信玄の眼といわれた武将・真田昌幸は、
当主となった若い勝頼が周りから軽んじられても
つねに味方となり忠実に武田家に尽くした。
尊敬するなぁ。
というわけで、いまは「真田太平記」を
読み進んでいます。。

posted by ボイシー日記 at 21:50| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月12日

新田次郎「武田信玄」。

この夏は、新田次郎の「武田信玄」を読んだ。
漠然とは知っていても、性格とか
どんな戦いをしたとか、あまり詳しくない。。

戦国時代、甲斐の武田信玄の勢力が増してくると
うちの田舎である下伊那地方も含めて
信州一帯はその支配下になったわけだが、
もともと武田信玄は諏訪社に信仰が篤く
軍神を祀って、諏訪法性の兜をかぶるなど
諏訪とは縁が深かった。
合戦のとき本陣に立てる旗も
「南無諏方南宮法性上下大明神」の諏訪法性の旗と
「風林火山」の孫子の旗がはためいていた。

信玄は、諏訪一族を滅ぼそうと
諏訪頼重を甲府の館に呼んで殺してしまったわけだが
その後、娘を側室に迎えて勝頼をもうけた。
また、周囲を今川義元、上杉謙信、
北条氏康などに囲まれ枕を高くして眠れずにいて
甲駿相の三国同盟をしたり、
上杉謙信とは度々睨み合いをして、
川中島の合戦は大小含めて5回ぐらいあった。
上州や武蔵野あたりにも軍をだしたり、
家康と結託して今川を倒すときは、
下伊那衆を遠江まで出張らせて家康を牽制したりしている。

また武士という前に、人格者でもあり、
「人は城、人は石垣、人は堀」という言葉を残したり
甲州法度とか、信玄堤をつくったり、
侵略しても、その土地の自治を守ったりして治めた。
とても人心掌握に長けていた。
天下を統一した徳川家康も、どこかしら
この武田信玄の統治方法に影響を受けているらしい。

信玄は頻繁に合戦していたイメージがあるが
戦わずして双方がおさまるなら、
それに越したことはないという考えで
甲斐や駿河の金山で掘り出した金を相手に贈ったり、
謀略を駆使して土豪たちを配下に置いていった。
大合戦も面白いが、小競り合いも
けっこうおもしろかった。
小さな城を落とすために、水を止めたり、
城の地下に坑を掘ったり、
相手の田んぼの稲を刈ってしまうなど
笑える部分もあった。

飯田にあった信玄配下の城では
秋山信友という人もかなりの智将だったと紹介されていた。
徳川家康と戦った三方ケ原の戦いのときには、
下伊那衆を率いて三河地方に攻め入った。
また、東美濃の岩村城に入り、
死んだ城主・遠山景任の後妻で信長の叔母である
おつやの方を正室として迎えた。
うちの田舎にも、遠山姓が多く、
遠山景○という家もあるので、この一族の流れなのだろう。

織田信長と上洛を競いつつも、
西上途中の野田城攻めの後、病状が重くなり
甲斐へ戻る途中、下伊那阿智村で絶命。
死後3年間は死んだことを隠せという遺言を残して死んだ。
南信も、こうしてみると、武田信玄の足跡が
たくさん残っている。
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2013年06月06日

一日も欠かせない日々。

町から町へ流浪する旅職人の話、
ヘルマン.ヘッセの「クヌルプ」を読みました。
ページはそれほど多くなく、
小説は3部に分かれています。

第一部は、クヌルプが放浪を続ける町で
知り合いの皮なめし職人に会ったり、
ホームシックにかかっている少女を元気づけたり。
人あたりがよく、みんなに愛される
クヌルプの性格が書かれている。
そこで最初の話は終わり、
なんだかあまり盛り上がらないなと思いつつ次の部へ。


第二部は、クヌルプと「私」が過ごしてきた
青春時代の思い出話。
ふたりは、いろんな話をして過ごす。

本当に美しいものは、満足とともに、
悲しみや不安をかかえている、
というような話をする。
花火は、ちょうどいちばん美しくなったとき、
小さい弓形を描いて消える。
花火はすぐに消えてしまうという
不安をいだくから美しい。

また、クヌルプはこんな話もした。
しばらくぶりに故郷へ帰った夢を見た。
しかしそこはどこか違っていて、違和感があり、
町の人たちや、かつての恋人も知らないそぶりをした。
そんな「疎外感」を感じた話。

また、こんな話もした。
ひとはそれぞれ魂を持っている。
それをほかの魂とまぜることはできない。
人は皆、孤独を抱きしめ
自立して生きていくしかない。

また、クヌルプと「私」は
ある日、料理店で飲み始めた。
クヌルプとは、ビール1本だけを
飲む約束をして飲み始めたが、
「私」は、ついつい2本目を注文した。
クヌルプは約束の1本を飲み終えると
店を出ていった。
私は旅館へ帰り、つぎの朝起きてみると、
クヌルプはもう寝床にいなかった。
彼は約束を破った私を見捨てた。
きのう、2本目のビールを飲んで約束を破った私に
嫌気がさして去って行ったのだ。
その日から、私は孤独を味わった、と。

この話は、かなりショックでした。
ほんの軽い気持ちで2本目を飲んだだけなのに
友達はそれだけで去っていったなんて。
自分がいいと思ったことも、
友達から見たら、耐えられないことが
あるんだということをあらためて教えられました。


第三部は、最後の放浪を続けるクヌルプの話。
自然の中を歩き続けたために病気になり、
知人の医師と出会って病院を紹介されるも、
病院へ向かう途中でまた逃げ出し、
吹雪のなかで神さまと語り合う話。

いまの自分は、すべての物事が正しく運ばれ、
すべてあるべきとおりなのだと神さまに諭される話。
そうだ、すべてが成るようになって、今がある。
この神さまの話にも、心打たれました。
圧倒的な自己肯定に打ちのめされました。

「自分が生きてきた若かりし頃の、
一日でも欠けていたら、たまらなく惜しい」
という一行には、
ふと自分が歩いてきた人生を振り返り、
あんな日もあった、こんな日もあったと
つい昔を懐かしみ、そんな日がすべてあったからこそ
いまという自分があるのだと、
とても晴れ晴れしい気持ちにさせられました。

ページ数も少なく、あまり期待しないまま読んだ本なのに
こんな感動的な言葉に出会えるとは知りませんでした。

クヌルプ.jpg
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2013年04月27日

空へ脱出した「南方郵便機」。

サン=テグジュペリの「南方郵便機」
「夜間飛行」「人間の土地」を
読んでみた(堀口大學訳)。
「南方郵便機」は、批評家からは
あまり評価が高くないみたいだが
個人的にはとても好きな一冊になった。

「南方郵便機」は、1920年代、
まだ飛行機が不時着したりして
死と隣り合わせの
危険な航空路開拓時代、
フランスのトゥールーズから
スペイン上空、モロッコを経て
仏領セネガルのダカールまで
郵便物を運ぶ操縦士の話だ。

物語は、話し手(僕)が
飛行路線の中継地である
カップ・ジュビーにいて、幼友達の
ジャック・ベルニスが向かってくるのを
通信記録などを挿入しながら時系列で語る。
また、飛行してくる間に、今まで二人の間で
やりとりされた手紙なども記され
二人の生い立ちや
過去についてもわかる構成だ。

幼いときから一緒だった二人は、
2歳年上のジュヌヴィエーヌという
女の子に恋していた。
大人になると、二人は自由を求めて空に憧れ
毎日の生活から脱出するように操縦士になった。
一方、ジュヌヴィエーヌは
家庭を築き「生活」を大切にする女性で
地に足のついた生活を望む。

操縦士になってしばらくたった後、
ベルニスは、つかの間の休暇のとき、
すでに結婚し、子供を病気で亡くした直後の
ジュヌヴィエーヌと会い、勢いで
駆け落ちまがいのことをするが
「自由」を愛するベルニスと
「生活」を守るジュヌヴィエーヌの
気持ちは平行線で終わる。

その後、トゥールーズから飛び立つ前に
再び彼女に会いに行くが
そこには死ぬ間際の彼女がいた。

ベルニスにとって宝物である
ジュヌヴィエーヌを、
とヴしても連れ出せなかった。
そんな思いで、飛行を続ける中、
最後は、ベルニスの遭難で終わる。

南下する飛行ルートの中、
ベルニスは多くの絆を断ち切って
身軽になってこの世を去ってしまった。
時間と空間の外へ出てしまった。

話し手である「僕」は、友情の蜘蛛の糸が、
君をつなぎとめておくことができなかったか?
それとも不実な羊飼いの僕が居眠りをしたか?
という自責の念の言葉をつぶやいて終わる。

全編、ベルニスよ、と語りかける、
その温かな眼差しが、悲しかった。
そして、砂漠や飛行機の中から見る
空や星の表現は美しく見事だった。

しかしベルニスのように、
すべてに束縛されない「無制限の自由」は
かえって心が落ち着かず不自由なことだと思う。
「夜間飛行」にも、
仕事に厳しく、義務を成し遂げた後こそ
幸福を実感できる瞬間だ、
みたいなことが書かれていたが
この人は、そんな枠の中にしか
自由とか幸福がないと言っている。

「人間の土地」にも、
気になるフレーズがたくさんあったので
こんど書き留めておこう。

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2013年01月26日

月並みがいい、谷崎潤一郎「細雪」。

谷崎潤一郎の「細雪」を読んでみました。
関西方面は詳しくないので、
京阪神の地名やホテルの名前、
料亭の名前等が書かれていても
臨場感があまりわきませんでしたが、
一気に読んでしまいました。

「細雪」は、船場生まれで芦屋育ちの
斜陽しかけた上流階級の名家「蒔岡家」の四姉妹と、
義兄たち、そして娘、女中、恋人などの日々が
淡々と描かれています。

物語は三女の雪子の見合い話と、
四女の妙子の恋愛などを中心にして進展します。
雪子の見合い話は知人の紹介などで何度も持ち上がるが
そのたびにいろんな理由で破綻し
一緒に暮らす二女の幸子夫婦は気をもみます。

四女の妙子は、手に職をもっているキャリアウーマン。
自由奔放に生きて、しかも恋愛は波瀾万丈。
駆け落ちをしたり、身分不相応のカメラマンと親しくしたり
あげくの果てに素性も知らないバーテンダーと付き合います。

どこにでもあり、どこの家にでも起こるような出来事の話ですが
次はどんな展開になるのかと気になってページをめくっていました。
また、全編に、京阪神の四季折々の自然風景、
伝統、文化、芸能、風俗、慣習などが
ちりばめられていて堪能しました。

なかでも姉妹と義兄が毎年の恒例行事としている
春の京都での花見のシーンは、
目の前に桜の花びらが散ってきそうなほど美しく描かれていました。

幸子はここで、毎年家族で行ってきた花見を来年もできるか、
家族みんながそろって行ってきた恒例行事を来年も同じように行えるか、
そんな心配をしていたけど、
家族恒例の行事を毎年欠かさず行うことがいかに大切なことかと感じました。

 * *

また、とくに好きな場面は、
幸子が夫に、何の食べ物が好きかと聞かれて「鯛やわ」と答える件。
愛するもの、好きな物が、ごく普通で月並みなものなので夫は笑う。

さらに幸子は、古今集の昔から桜の花に関する和歌が
昔はなんと「月並み」な歌かと読んできたが
年をとるにつれて昔の人の花を待ち、花を惜しむ心が
決して「風流がり」ではなく、
身に沁みてわかるようになった、と書かれている。

「魚なら鯛、花なら桜」という月並みなことを言うが、
「月並み」こそ永遠不滅のものであることに気づかされました。

文末にあった解説を読んだら、
誰かが「月並みの美学」と評していたが、
まさにそのとおりだと思いました。

幸子が月並みなものを好きだと言って夫が笑ったように
ややもすると「月並み」はマイナスイメージの言い方に聞こえるけど
月並みでどこが悪い!と思います。
「月並み」は、日本古来からの長い時間と歴史、
人々の感情が凝縮して誕生したもので、これこそ日本の文化だと思います。

 * *

物語の最後は、結局雪子は見合いが纏まり、
華族である人のもとへ嫁いで行くが、
解説には、何度も見合いをする雪子は
「竹取物語」を彷彿させるとも書かれていました。
東京へ嫁いで行くシーンで終わるのは、
そういう意味でいうと「月へ帰って行くかぐや姫」だったのだろうか。

また、読者とくに男性読者は、何度も見合いをして
嫁いでいったほうがいいと思う一方、
どこかで嫁がないでくれ、
永遠に無垢でいてくれという願いを抱くとあり、
それもその通りだと、強く共感してしまいました。 ^ ^

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2012年12月27日

2012年読本・備忘録。

そろそろ2012年も終わり。
で忘れないように、今年読んだ本のリスト。
今年はおもに川端康成や尾崎一雄、梅崎春生などを読んでみた。
川端康成は学生時代の悲恋を書いた「ちよ」物や、
美しく透き通った文体で心の揺らぎを描いた千羽鶴、
不思議な感覚の青い海黒い海、白い満月、叙情歌などが印象深かった。

尾崎一雄は、志賀直哉に影響を受けるも、
「松は松、やつではやつで」と
自分は「松」である志賀直哉にはなれない、
自分はせいぜい「やつで」ぐらいと、
自分の立ち位置を確認してから、
ふっきれたように小説を書き始めた。
病中生活で自宅まわりの昆虫や植木などを題材にした
軽妙でユニークな語り口の作品はどれも素晴らしかった。

梅崎春生の「幻化」も響くものがあった。
柳宗悦の仏教に関するものにも開眼させられた。
おくればせながら1Q84も3冊まとめて読み、
さらにラジオで聞いた、松たか子の朗読による
村上春樹の「短編」も心に残った。
海外ものでは、文豪長編作をかじった程度。
それにしてもだんだん視力が悪くなってきた。

■小説・随筆
【川端康成】十六歳の日記/招魂祭一景/油/葬式の名人/篝火/空に動く灯/非常/孤児の感情/蛙往生/驢馬に乗る妻/青い海黒い海/明日の約束/白い満月/伊豆の踊子/春を見る近眼鏡/文科大學挿話/伊豆の帰り/狂った一頁/温泉場の事/祖母/犠牲の花嫁/五月の幻/霰/南方の火/椿/春景色[川端康成全集 第二巻:新潮社] 虹いくたび/日も月も/名人[川端康成全集 第十一巻:新潮社] 掌の小説/雪国/叙情歌/禽獣/千羽鶴/波千鳥/春の目/妻の想ひ/弓浦市/山の音/みずうみ
【尾崎一雄】二月の蜜蜂/暢気眼鏡/芳兵衛/擬態赤城行/こほろぎ/虫のいろいろ/美しい墓地からの眺め/かまきりと蜘蛛/祖父/玉樟/草除り/井戸がえをしなけれぱ/日の沈む場所/竹盗人/はかない春/玄関風呂/まぼろしの記/すみっこ/痩せた雄鶏/なめくじ横丁/夢蝶/虫も樹も/梅干爺さん 単線の駅[講談社文芸文庫]
【梅崎春生】蜆/庭の眺め/黄色い日日/Sの背中/ボロ家の春秋/記憶/凡人凡語/桜島/輪唱/空の下/紫陽花/飯塚酒場/侵入者/蓋と金魚/仮象/幻化
【島崎藤村】桜の実の熟する時/春/新生〈前・後〉/水彩画家/朝飯/老嬢/藁草履/爺/津軽海峡/椰子の葉陰/家畜/旧主人/旅 
【井上靖】しろばんば/夏草冬濤〈上・下〉/北の海〈上・下〉/猟銃・闘牛・比良のシャクナゲ/氷壁
【その他】頭ならびに腹/蠅/日輪(横光利一) 無限抱擁(滝井孝作) 黒髪(近松秋江) 我が輩は猫である/道草(夏目漱石) 親鸞−激動編−〈上・下〉(五木寛之) 雪の日(志賀直哉) 霧の中/落城/足摺岬/絵本/菊坂/父という観念/童話(田宮虎彦) 葉桜と魔笛/斜陽/桜桃/富嶽百景/満願(太宰治) ぶっぽうそうの夜/夏の流れ−初期作品集−(丸山健二) 樅の木は残った〈上・中・下〉/おごそかな渇き(山本周五郎) 静かな大地(池澤夏樹) にぎやかな天地〈上・下〉(宮本輝) 良寛(立松和平) 1Q84〈BOOK1・2・3〉(村上春樹) 鮎(丹羽文雄) ガラスの靴(安岡章太郎) LONG LONG A GO/ポニーテール(重松清) ふたりの山小屋だより(岸田衿子・今日子) 残光のなかで(山田稔) 志賀直哉交友録(阿川弘之編) 蝶が飛ぶ葉っぱが飛ぶ(河井寛次郎) 日本の名随筆92-岬(中上健次編) 日本霊異記(水上勉編)

【外国作品】赤と黒〈上・下〉(スタンダール) 人形の家(イプセン) ゴプセック/鞠打つ猫の店/ゴリオ爺さん〈上・下〉/ウジェニー・グランデ(バルザック) 車輪の下で/少年の日の思い出/ラテン語学校生/大旋風/美しきかな青春/デミアン(ヘッセ) ヘンリ・ライクロフトの私記(ギッシング) あいびき(ツルゲーネフ・二葉亭四迷訳) 黄金虫(エドガー・ア・ランポー) ビュビュ・ド・モンパルス(フィリップ) 秘書綺譚-幻想怪奇傑作選-(ブラックウッド) ユリシーズ1.2(J.ジョイス)[集英社文庫] シェイクスピア物語集(ジェラルディン・マコックラン)

■朗読CDなど
張込み/二階/天城越え/金環食/足袋/愛犬/左腕/いびき/巻頭句の女(松本清張) 雁の寺(水上勉) 雪国(川端康成) ノックの音が(星新一) 眠る盃(向田邦子) かえるくん、東京を救う/七番目の男/蜂蜜パイ[朗読:松たか子](村上春樹)

■評論・評伝 その他
島崎藤村の秘密(西丸四方) 藤村をめぐる女性たち(伊東一夫) マガジン青春譜(猪瀬直樹) 井上靖青春記(編・著 佐藤英夫) ヘルマン・ヘッセ老年の価値(フォルカー・ミヒェルス編) 南無阿弥陀仏/妙好人論集(柳宗悦)

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2012年11月09日

妙好人、因幡の源左。

柳宗悦の著した浄土系に関する本を読んだ。
「南無阿弥陀仏」と「妙好人論集」だ。
仏教書にありがちな難しい言い回しがなく
とにかく、わかりやすい。

オイラの家は神道だったので
お寺さんにはあまりお世話になっていないが
母方のほうは臨済宗の寺だったので
遊びにいったときには、仏壇を拝んでいた。

仏教には、かんたんにいってふたつの道がある。
禅系と浄土系。
禅は、自力、悟り、成仏。
浄土は、他力、信、往生。
二つは違っても、到達点は同じだ。
道元禅師も「百尺の竿頭にあって
さらに一歩を踏み出せ」という他力的な教えを言っており、
どちらがどちらでもいいと思う。

浄土系は法然、親鸞、そして一遍へと続く思想。
ただただ、南無阿弥陀仏を唱える。
南無阿弥陀仏とは、
すべて阿弥陀様に任せることだ。
自力ではなく、すべてをなげうって他力にまかせる。
救われるのに、資格はいらない。
どんな悪人も、救われる。

そして、自分がこの世でもっとも酷い
悪者であるという意識をもつ。
これによって、阿弥陀仏が真っ先に自分を救いにきてくれる。
それは、親が、子供になにかあったとき
真っ先に病んでいる子供に救いの手を差し出すように。


「妙好人」というのは浄土真宗の信者さんで
とくに学識もない凡夫だけど、信仰の篤い人のことだ。
そうした人のなかに、素晴らしい人たちがいる。
以前読んだ鈴木大拙の「日本的霊性」にも紹介されていて
へぇ〜、そういう人たちがいるんだと知った。

柳宗悦がとくに感動した妙好人の一人が
因幡の源左、という人だ。
この人にまつわる話が、またいい。
いろんなことが自分の身に起きるけど
受け取り方が違う。すべて「感謝」で受け取る。
受け取り方の名人だ。
また、怒るということがなかった。
怒りの根を切ってあるから、怒らないのだという。

因幡の源左は、18歳のときに父親を亡くした。
父が死ぬ前に、すべて阿弥陀様におすがりせよといわれ、
源左は寺の住職から阿弥陀様についての話をきいても
ちっとも理解できなかった。
そんなある日、牛と一緒に草刈りに出かけて
牛の背中に刈った草を一束、二束と載せているとき、
ふと「あぁ、これが他力か」と悟る。
自分で担ぐのでなく、牛に担いでもらうことで身軽になる。
極楽往生も、すべて阿弥陀様におまかせするのだと
そのときから思うようになり、
南無阿弥陀仏と唱えるようになる。
ほかにもいろんなエピソードがあり、とても面白かった。

妙好人.jpg
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2012年10月11日

山本周五郎「樅ノ木は残った」。

先日「プロフェッショナル-男の流儀」で
高倉健の生き方や信条などが紹介されていた。
そこで高倉健が持っていたノートに、
山本周五郎の「樅ノ木は残った」の
文章が記されていたのが気になり
さっそく「樅ノ木は残った」を借りてきた読んだ。

「樅ノ木は残った」は、昔ドラマで見たような気がしたが
あらためて小説で読んでみると、
伊達騒動のどろどろとした内実がわかった。

仙台藩取り潰しを企てる徳川幕府と、それと結託して
私利私欲に走る藩の勢力と闘う主人公・原田甲斐。
大きな権力や陰謀と闘いながらも
事を荒立てれば相手の術中にはまると
じっと堪忍、辛抱して藩取り潰しを防ぐ。
「私」を捨てて「公」に生きる男らしい生き方に深く感動した。

高倉健のノートに書かれていたのは、
そんな原田甲斐の言葉で、
「火を放たれたら手で揉み消そう、
石を投げられたら体で受けよう、
斬られたら傷の手当をするだけ・・・」
だったように思う。
なかなかここまで我慢することはできないなぁ。
まさに、高倉健らしい。

また「意地や面目を立てとおすことはいさましい、
人の眼にも壮烈にみえるだろう、
しかし侍の本分というものは堪忍や辛抱のなかにある」
などという言葉もあった。
正論を立派に主張するのは、それはそれでいいのだが
それとは逆にじっとこらえ、一歩引いて考えることも大切だ。

だれかの俳句で「雪の竹や 跳ね返す力の ありながら」
というのがあったと思うが(うろ覚え・・・)、
まさにじっと堪忍の美学とでもいうのか、
無私の心で生きることの素晴らしさを知った。

山本周五郎と、藤沢周平、池波正太郎の3人は
60歳になってから老後の楽しみとして読もうと決めていたが、
そろそろ読み始めてもいいかなと思った。
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2012年09月02日

池澤夏樹「静かな大地」。

先日NHKのラジオドラマで池澤夏樹の「静かな大地」をやっていて
これは面白そうだと思い図書館から借りてきて読んだ。
明治維新のあと、淡路島から北海道へ向かった人たちの開拓の物語でありながら、
日本国へ編入されていったアイヌの歴史や文化も描いている。

明治維新後、淡路島ではお家騒動が起こり、
倒幕を掲げた稲田家は北海道へ移住開拓を命じられた。
稲田家臣は船で静内町へ着き、林を切り開き開拓する。
主人公である室形一家の三郎、志郎の兄弟は
静内で知り合ったアイヌと協力して牧場や畑をつくっていく。
途中、家財を保管していた倉庫が火事にあったり
バッタが襲来したりして大きな被害にあったりするが、
一歩づつ生活基盤を整えていく。

その後、兄の三郎は、家業を大きくしようと
アメリカ流の農牧を学ぶために札幌官園へ行く。
そこで新しい農業知識や馬・牛の飼育方法を学ぶ。
馬鈴薯など北海道に適した農作物の生産方法を身につけ、
やがて農作物の収穫量を増やし、軍馬にふさわしい立派な馬を育てる。

ところで、稲田家臣たちが行く前は北海道には松前藩がいた。
それ以前は、すべてアイヌの土地、アイヌモシリだった。
アイヌモシリとは、アイヌの静かな土地、という意味だ。
静かな大地で暮らしていたアイヌの生活観、風習、文化が
わかったこともこの本を読んで大きな収穫だった。

アイヌは、たとえば鮭や鱒を穫るときにも欲張らない。
鮭も鱒もアイヌだけ、人間だけのものではない。
山に住む狐や熊やふくろう、みんなが待っている。
鮭の神様、鱒の神様がちゃんと数を数えて送ってくれる。
多い年は多く、少ない年は少なく。だから欲張ってはいけない。
そんな自然を敬う気持ちをもっている。

山に獣を追い、野草を摘み、川に魚を求めるアイヌの生き方は、
欲を抑えさせ、人を慎ましくする。いくら欲を張っても
動物がこなければしかたない。祈って待つしかない。
だから大きな山の力によって
生かしめられる己を知って人は謙虚になる。
人も自然の一部であるという
こうしたアイヌの考え方、生き方は、いいなぁ。

あと札幌で学ぶ三郎が、札幌農学校でクラーク博士の
演説を聞いたということで演説の内容にもふれている。
「ボーイズビーアンビシャス、少年よ大志を抱け」しか知らなかったが
クラーク博士は、開拓は崇高な事業であるということを語っている。
「神は自然を自然のままに造りなして、人間に与える。
それを自分の役に立つように作り替えるのが人間の義務であり
それによって住む土地を増やし、穀物を増やせば応じて人間の数も増える。
それが神の御心にかなうことである。
大地は諸君の目の前にあり、大地は種を播かれるのを待っている。
そこに種を播くのは神が諸君に与えた至高の任務である。」と。

あぁ、北海道、また行きたくなった。
オホーツクを見たくなった。
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2012年08月17日

老いに関するヘッセのメモ。

H.ヘッセは晩年、スイスのアルプス南麓の村
モンタニョーラで過ごしました。
そこで過ごした日々のなかで書き留めたり
書簡に書いていた文をまとめた「老年の価値」という本に
老いについての言葉があったので抜粋、メモしました。

 * * *

「四十歳から五十歳までの十年間は
不安の時期であり、不満が生じてくる時期だ。
しかし、それから落ち着いた時期がやってくる。
興奮と闘いの時代であった青春時代が美しいように、
老いること、成熟することも、
その美しさと幸せをもっているのだ。」

「五十歳になると人は名声や信用を
得ようとしたりすることをやめる。
そして、自分の人生を冷静に回顧しはじめる。
待つ事を学び、沈黙することを学び、耳を傾けることを学ぶ。」

「青年は利己主義をもって終わり、
老年は他者のための生活をもって始まる。
決して美徳からではなく、まったく自然に
より多く他者のために生きるようになる。」

「人は自分自身のためだけに生きるよりも、
他者のために生きるほうが満足感を感じる。」

「成熟するにつれて人はますます若くなります。」

「若いときには、時折、美的なものや快適なもの、
視覚と官能の快楽などをいくら味わっても
満足できないことがあったように
私たちは年をとるにつれて
いくら知識を得ても満足できないことがあります。
私たちはこの地上での無限のもののうちで
知る事ができる限りのものをできるだけ多く、
取り入れなくてはならないと思います。
そしてそれは、ひとつのすばらしい欲求です。」

 * * *

五十歳を超えたオイラには、これから生きていくうえで
共感する部分、勇気づけられた部分などがあり
いろいろ参考になりました。
もっと年をとって読み直すと、
次は別の言葉が気になってくると思います。

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2012年07月22日

ギッシング「ヘンリ・ライクロフトの私記」。

野呂邦暢のエッセイに「ヘンリ・ライクロフトの私記」の
ような生活がしたいと書かれていたので読んでみた。
(今そのエッセイは手元にないので、正確な描写は覚えてない)

ヘンリ・ライクロフト氏は50歳を超えた架空の人物だが
作者ギッシングの分身である。
ある日突然、死亡した友人の終身年金を遺贈されて
ロンドンでの陰鬱などん底生活から一転、
イングランド南西部の温暖な気候のデヴォン州で隠遁生活を送る。
その生活を、春夏秋冬、四季を追って日記風に書いている一冊だ。

都会の喧噪やわずらわしい人間関係に巻き込まれないで孤独に生きる。
孤独と言っても、淋しい感じはしない。
やっと自分の時間が持てて、好きな事を好きなだけ
だれにも邪魔されずに謳歌するという
理想のリタイア生活ともいえる日常が書かれている。

デヴォン州の静かな田園地帯に居を構えて、家政婦を雇い入れ
読書三昧と、四季折々の花や樹木、生き物と親しむ日々。
家はいつも静かで、庭に来る鳥のさえずりはもちろん
鳥の翼をすりあわせる音さえ聞こえる。

分身は、時間の許す限り散策も楽しむ。
散策の途中で出会うすべての花の一つ一つを
名ざしで呼べるようになりたいという記述があったが
オイラもそんなことを考えていたことがあった。
植物図鑑を借りてきて読んだ。
歩道沿いのイヌタデぐらいは覚えたが、まだまだだ。

分身は、本に対する愛情にもあふれている。
本棚には昔から持ち続けている愛蔵本が並び、
ページを開くだけでその世界に浸ることができる。
「本は魂の食べ物だ」とも書かれている。
そうだ、そんな風に、読書三昧できたらどんなに幸福だろう。
まさに幸福感に包まれた日が続く。

しかし現実は違う。この「私記」は彼の理想であり夢物語だ。
ギッシングはこの「私記」を書いている最中も
経済的に苦しく、また病弱な身体であったらしい。
本来なら実生活で悠々自適な隠遁生活を送るのが理想であったろうが、
ギッシングはこの本の中で理想の生活を作り、生きてしまった。
分身があまりに幸福だったので、“本身”は食いつぶされたように
この本を書き終えると、すぐに死んでしまった。

また解説には、イギリス人作家でありながら日本人にも愛されるのは、
四季折々の自然を繊細に描いているところ。
そこに共感を覚えるのではないかと書かれている。
自然を愛し、自然の中でひとり思索し、人生を振り返る。
これは、英国版「方丈記」でもあると思った。

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2012年07月19日

H.ヘッセ「少年の日の思い出」。

先日、井上靖の自伝三部作のブログで
「しろばんば」は学校で読んだかも・・・と書いたら
同級生から、習ったような気がするというメールをもらい、
子供が海か川で泳いでいる挿絵も記憶にあると書いてありました。

で、しばらくしてから、それは「しろばんば」ではなく、
「夏草冬濤」の飛び込み台のシーンだったかも?と言われ
そういえば最初その飛び込み台のところを読んだときに、
何か記憶の奥でうごめくものがあったと思いました。
あぁ、あの飛び込み台のところを読んだときの懐かしい感じって
学校で習っていたからなのかと思いました。

で、その同級生は他にも教科書のなかで
強く記憶に残っているものがあり、
それはヘルマン・ヘッセの
「少年の日の思い出」だとありました。
オイラは、まったく覚えていなくて、
図書館で借りて読み進むうちに、むむっ!そうそう!
なんか読んだことがある!と思い始めました。

 * * *

「少年の日の思い出」

蝶を収集している主人公の少年。
彼には同じように蝶を集めているエーミールという友達がいる。
彼は、先生の息子で優等生だけど、どこか嫌な感じがする友達。
少年は、ある日、エーミールが、翅に大きな眼状紋のある
珍しい蝶のクジャクヤママユを羽化させたと聞いて
どうしても見たくなり、その友達の家に行くけど彼はちょうど留守。
しかし見たいという思いは高まり
ついに一人で彼の部屋に侵入して標本箱の前に立つ。
はたして、美しいその蝶が納められており、
少年は誘惑に負けて、蝶を留め金から外して盗んでしまった。

階段を降りるところで、ちょうどメイドとすれちがう。
その際、蝶をあわててポケットに突っ込む。
そして、我にかかえり、このままではいけない、
できるだけ何事もなかったようにしなければいけないと
素早くエーミールの部屋に引き返した。
そこでポケットに手を入れてみたが、
クジャクヤママユは壊れてしまっていた。
大変なことをしでかしてしまったと悲しむが、
クジャクヤママユは、もうどんな修理もできない状態になっていた。

悲しい気持ちで家に帰り、母にすべてを打ち明けると
母は「すぐにエーミールのところへ行き、
自分の持っている蝶で弁償するなどして
何がなんでも許してもらいなさい」と言う。
さらに「今日のうちでなければなりません。
さあ、行きなさい」と言った。

少年はエーミールの家に行くと彼は家にいて
「誰かがクジャクヤママユを壊した」と言った。
そこで少年は正直に自分が盗んだと白状すると、
彼は「そうか、つまり君はそういう奴だったんだ」と言い
冷ややかに軽蔑した。
ののしりもせず、ただただ少年を見つめて軽蔑した。
そして少年は家に戻り、自分が集めていた
蝶や蛾を次々と標本箱から取り出して
指で粉みじんに押しつぶしてしまった、という話。

 * * *

読み終えて、確かに習ったと思った。
いっそ、エーミールに罵詈雑言を浴びせられ、
人間のクズだとまで言われれば
それはそれで完全燃焼(?)したのかもしれないが
ののしられず、ただただ冷ややかに軽蔑されたことで
いや〜な気分の自己嫌悪の沼に落ち入ってしまった。

友達に、正直に自分の犯した罪を告白しても、
友情は終わる、ということがいいたかったのか。
一度犯罪を犯すと、もう逆戻りは
できないよということがいいたかったのか。
間違いを犯したら、できるだけ早く償いなさい、
ということがいいたかったのか。
叱られるよりも軽蔑されるほうが
傷つくということがいいたかったのか。
いろいろ考えさせられる話でした。

・・・ちなみに、メールをくれた友達、
「一切れのパン」というのも覚えてるって言ってた。
これはオイラも強烈に脳裏に焼き付いている!懐かしい!
教科書で習ったかもしれない小説を再読するって、
けっこう面白いかも。

少年の日.jpg
posted by ボイシー日記 at 09:17| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする